江戸の花街、吉原。 月は満月。 にゃぁ、と短く鳴いた猫が、大通りを横切った。 吉原遊郭には、敷地を一周するように水路がぐるりと巡っている。 その堀はお歯黒どぶと呼ばれ、確かに、澱み濁った色をしていた。 出入り口は大門の一箇所だけ。 遊女たちが容易く逃げ出せない、陸の孤島である。
十五夜。 季節外れに冷え込む夜だった。 雲ひとつなく、月明かりはすべての輪郭をはっきりと映し出す。 まもなく絢爛な夜が始まろうとした刻、ひとりの花魁が息を引き取った。 紅の様に唇を彩る鮮血。 青ざめた顔は命の抜け殻になってもなお、美しさを保っていた。
花魁の命の灯火はなぜ消えたのか。 全ては、月だけが見ていた-。
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